『21世紀に向けてのすし業ビジョン』
全国すし商環境衛生同業組合連合会
21世紀に向けてのすし業ビジョン策定委員会
(文責:策定委員会委員長 上智大学教授 坂本康實)
【1章】 【2章 1〜5】 【2章 6〜10】 【3章】 【4章】

第1章 序章

1.すし業ビジョン設定の背景と目的

従来の飲食店営業が、近年必ずしも良い業況下にないことは、一般に認識されていますが、この点についてはわれわれすし業も例外ではありません。たとえば、平伐3年度から平成6年度までの、すし業に対する家計支出動向の対前年度増減率は連続して1パーセント前後マイナスでした(総務庁「家計調査年報」より)。また、すし業の施設総数は昭和61年の48,001施設から平成3年の45,856施設へと5年間で約5パーセント減少しています(総務庁「事業所統計調査」より)。これらの傾向は、業界全体としてみた場合、まだそれはど深刻な事態とはいえないかもしれません。しかし、規模や業態別にみると、大手業者がチェーン化や低価格で売上を伸ばす傍らで、中小の個別店の営業が不振という、放置できない現実があります。

このような傾向の原因としては、バブル経済の破綻以来停滞している平成不況とこれに起因する価格破壊現象、飲食店業界における熾烈な競 争、外部、とくに大手資本のサービス業分野への参入、国際化の進展による外食需要の流出、各種食材の価格や人件費の高騰など、多くの環境的要因の悪化が指摘されています。たしかにこれらの要因の動きは、無視できない重要なものです。しかし、はたして原因が環境的なものだけなのかどうかについては、大いに疑問があります。

これまですし業界は、伝統を背景に技術を磨き、サービスの改善に努めてきました。しかし最近の業種を巡る動静は、それだけでは個々の営業を成立させ、すし業を成長性のある業種として存続させることが難しくなってきたことを示しているのではないでしょうか。事業の存続と発展のための基礎的基盤は、成長と変化にありますが、以下に述べるように、その両方についてすし業は停滞していると判断されます。

わが国の国民の所得は、国際的に比較しても高い水準にあり、通常の商品やサービスについては、だれもがすきなものを購入できる時代になりました。また国民の外食需要は、量的にも金額的にも総体的には定まってきています。それがどういう割合で各飲食店業種に振り向けられるかも、大体落ち着いています。

現在、日本全体としてのすし業の年間総売上高は1兆3千億円程度と推計されており、それが飲食店業全体の売上に占める割合は約9パーセントです。これは、すし業の現在の商品とサービスに対して国民が与えたシェアということになります。人口も横ばいから逓減に移行しつつあり、将来、人口増による市場の量的成長はありえません。いずれにせよ、現在のすし業のあり方のもとでは、今後飛躍的な売上増は期待できない、ということです。基礎的基盤の一つである量的成長の余地は、歴史の古い業種としてのすし業には、ほとんどないということです。それどころか、他の飲食店業種のこれからの動向の如何と、消費者の嗜好の変化によっては、現在のシェアを−一部失うという事態も十分に考えられます。

そこで、もう一つの基盤としての変化が、これからのすし業発展の決め手になるしかありません。ところがすし業には、変化を受け容れにくくしたり、変化を妨げる要因が少なからずあります。すし業が伝統的食文化の一つを形成していることや、中小の独立した個別事業が多いことなどがそうした要因の例としてあげられます。伝統は、自分達だけのものではなく、国民全体の価値であることから、それを勝手に変えることにはためらいがあるでしょう。また、中小のすし店の事業主が望むものは、ある水準の所得さえ得られれば、あとは定常的で穏やかな生活であって、大きな収入や地位は得られるかもしれないが、厳しい資金繰りや気疲れする労務管理に追いまくられる経営者のそれではないかもしれません。

しかし、現在のすし店の営業の平均的な実態は、必ずしも事業主の満足するような結果を示してはいません。全国すし商動態調査(平成6年度)の結果から推計すると、1事業当たりの平均年商額は約2,300万円、平均従業者数(事業主および家族従業員を含む)は約3名です。仮に材料費率(粗利率)を50パーセントとしますと、従業者(事業主を含む)1人当たりの粗収入額は約383万円ということになります。この中から各種営業費用や公租公課などを差し引くと、事業主や従業員の給料に回せる分はさらに低いものとなります。このような状況の下では、穏やかな生活はおろか、事業の継続さえ危うくなりかねません。現に動態調査の報告書も、平均的規模クラスを中心に、年間で350〜400店はど施設数が減少していると推定しています。以上はあくまでも全国調査の平均値による計算ですから、都市と地方、より規模の大きい営業などの実態と比べると、ある程度の食い違いがあるかと思います。また平均値ということは、実際にはこれ以下の営業が数多く存在することを意味します。さらに、動態調査の対象となった店には、比較的良好な状況にあるものが多いことを考えると、現実はさらに厳しいものと 思われます。いずれにせよ、以上が偽らざるすし店経営の実態であり、全体としてのすし業界の置かれた状況が、「危機的」という表現が決して大袈裟ではない、極めて厳しいものであることは確かです。このような事態に際し、業界が一丸となって対策を講じる必要があることはいうまでもありません。

すし業を巡る環境には極めて明るいものもあります。それは、現在わが国で進行している経済はサービス化です。これは、国民所得(約480兆円)の中で第三次産業の占める割合が増加している、ということです。現在この割合は約6割(約290兆円)ですが、近い将釆には、7割(約34O兆円)ぐらいまで増える見通しです。仮に西暦2,000年のわが国の年間国民所得を500兆円とすると、350兆円が第三次産業の産み出す分で、これは現在と比べて年間50兆円、比率にして約2割の増加、ということになります。これを出来るだけ多く自分のものにしようと、第三次産業の各業種が競っているわけですが、すし業などの飲食店業には、工夫と努力次第でかなりのチャンスがあります。

もう一つの可能性は、消費者の生活の高度化にあります。高所得時代に入って20年、このところ停滞ムードが漂っているとはいえ、わが国の年間国民所得は減っておらず、国際的に見ても、依然として極めて高い水準にあります。その中で国民の意識や生活は、あらゆる面で変容しようとしています。それは、全体から個へ、物質的なものから精神的なものへ、量から質へ、近間から遠くへ、機械作りのものから手作りのものへ、標準的なものから個性的なものへ、文明から文化へなど、価値観や関心の方向の転換に見ることが出来ます。そうした変化の中で、伝統に培われた調理技術を基に、顧客に対して個別で質の高い商品とサービスを提供する中小のすし店が、大きな可能性と使命をもっことは明らかです。

以上のような認識を背景に、全国すし商環境衝生同業組合連合会は、激しく変化する社会・経済状況をすし業界の視点から展望し、その中で個々のすし店と業界がどう対応していくべきかを探る必要性を痛感し、必要な施策をこのたびビジョンという形でまとめることにした次第です。

2.本ビジョンの性格

ビジョンは、自分達に都合のよい願望をつなぎ合せた、夢物語ではありません。実現するかかどうか分からないものを目標にしても意味がないからです。また、何年後にはこうなるという単なる未来予測でもありません。

ビジョンは、達成目標を具体的に示すものと考える人もいますが、これも正しい理解とはいえません。なぜかというと、個々の事業のあり方にはいろいろの形態や規模がありえますので、個店のビジョンの場合を別として、多くの様々な規模と業態のすし店を擁するすし業界がまとめるビジョンは具体的ではありえないのです。したがって、すし業のビジョンは、組合がすし業の振興を図る時、あるいは個々のすし店が営業促進を実現しようとする時などに、指針の役割を果たすものであって、すし店のあり方を一つの形にはめ込もうとするものではありません。本ビジョンは、経済や社会環境の動いて行く方向を示し、その中ですし業が行うべき自己変革をできるだけ具体的に述べ、合せて個々のすし店がそれぞれの今後のあり方を探る時の、考え方の基準を用意するものです。そしてビジョンの本来の具体牲は、全国すし商環境衛生同業組合連合会や各都道府県のすし商環境衛生同業組合が本ビジョンに沿って活動計画を策定する時に、そして個々のすし店がそれぞれの将来像を実現目標として掲げる時に得られるものです。

3.すし業のビジョンと「振興指針・振興計画」

昭和32年に制定された「環境衛生関係営業の運営の適正化に関する法律(環適法)」はその中で、厚生大臣は業種ごとに振興指針を設定できるとしています。すし業についても、いちはやく昭和57年に第一次の振興指針が設定され、その後3回の一部改正を経て現在第四次の振興指針が設定されています(平成6年2月23日厚生省告示第38号)。

振興指針は、特定の業種の営業の振興のための施策を国がまとめたもので、それ自身がビジョンの性格を持っています。振興指針が設定されている業種は、都道府県の環境衛生同業組合(小組合も可)ごとに、自分達が考えた業種振興の具体的目標や地域の特性に配慮した振興計画を設定し、国の認定を受けることができます。認定された振興計画に対しては、公的資金枠や有利な貸し付け条件、税制上の優遇措置などが用意されており、計画の実施を助けてくれます。ちなみにすし業では、これまで全43組合のうち40組合が振興計画を策定し、国の認定を受けています。

このように振興指針・計画という、内容的にビジョンとみなし得るものがすでに存在するのに、改めてすし業のビジョンを策定するにはそれなりの理由があります。振興指針は、業種の現状と問題点を分析し、さらに関係各方面の意見を十分聴取してまとめられており、すし業が今後採用すべき施策のほとんどを提言しています。総合的かつ体系的なビジョンとしてはこれ以上のものは考えられません。しかしビジョンとしての振興指針には欠点もあります。それは、あまりにも総合的で網羅的であるために、焦点が絞りにくいことです。また具体的提言もみられますが、地域の業界や個々の営業が、実際の振興事業の活動計画として利用するには具体性が不足しています。各組合が策定し、国の認定を受けている振興計画は本来、振興指針を十分に具体化したものになるはずでしたが、残念ながら実態はビジョンとして用いるには平板で具体性にも迫力にも欠けます。そのうえ、ビジョンに必要な考え方の基本、あるいは信念、哲学、実行への意欲といったものも足りません。

今回発表されるビジョンは、振興指針・計画を基盤とし、それらの不足点をカバーし、それらと一体になって全体をビジョン化する、触媒のようなものとして位置付けられるものです。


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