『21世紀に向けてのすし業ビジョン』
全国すし商環境衛生同業組合連合会
21世紀に向けてのすし業ビジョン策定委員会
(文責:策定委員会委員長 上智大学教授 坂本康實)
【1章】 【2章 1〜5】 【2章 6〜10】 【3章】 【4章】

第2章 最近の社会・経済的環境の変化とすし業の課題 (6〜10)
6.消費者ニ−ズの変化とサービスの近代化

戦後の政治や経済は時として混乱や停滞に見舞われました。現在もいわゆるバブル経済の破綻の後遺症で、政情は流動的で、景気は低迷の域を脱しきれないでいます。しかし全体として見た場合、わが国の経済は戦後ほば一貫して成長し、社会は安定が基調でした。その中で諸制度は整い、社会資本は充実し、国民の所得は著しく向上しました。これに伴って、消費水準、教育水準、貯蓄水準などは皆、高いレベルに達しています。

このような状況の下では当然、国民一人一人の意識や行動は大きく変化します。かつて「新人類」という言葉が生まれました。それは戦中派や初期の戦後派の人達が、新しい世代の人達の物の考え方や、意識や感覚が理解できなくなったために造った言葉でした。今ではその「新人類」の人達が、その後の世代の人たちを理解できないでいるようです。

意識や感覚の変化は、当然、消費者ニーズについても変化を生ぜしめています。われわれすし店も、そのような消費者ニ−ズの変化を的確にとらえて、必要な対応を図っていかなければなりません。今日のすし店の営業は、消費者ニーズの全体としての変化に対応すると同時に、世代その他の違いにも配慮することが必要です。従来の営業は、消費者全体を漠然ととらえたものでしたが、これからは客の世代の違い、性別、階層の違い、種類の違いなどの中からどういう組み合わせを対象とするかを決め、ターゲットのはっきりした営業を実現することが必要になるでしょう。

消費者ニーズに対する対応の中でも、一番重要と考えられるのがサービスの近代化です。今日のすし店の提供する商品は、一般に「もの」のレベルでは一応の水準に達していると考えられます。しかし、気配りや丁寧さなど接客サービス、料金体系他の営業のシステム、料理の味や姿の工夫と洗練度、後で述べる感覚的衛生、施設・設備やインテリアの質や感覚が醸し出す雰囲気などサービス的側面では、必ずしも現代の消費者のニーズに適合しているとはいえません。そこで、現代の消費者がどういうサービスをすし業に望みまた期待しているかを、真剣に調査・分析し、それらに的確に対応していく努力を怠ってはなりません。

7.消費者行動の変化

高所得社会の中で変化したのは、消費者の意識とニ−ズだけではありません。消費者の行動様式も大きく変化しています。その中で、消費者にとっての外食の位置付けも、以前とは違ってきています。そういう変化に適切に対応していくことも、今日のすし店にとって重要な課題です。

たとえば、最近の消費者の生活行動には、複合化の傾向が強く観察されます。昔は、一つ一つの生活行動は、今と比べてそれぞれが独立していました。町中のデパートに着物を買いに行く主婦が、ついでに夕食のために野菜や鮮魚を買って帰るようなことは、あまりありませんでした。それは、昔の生活感覚では、デパートに買い物に行くのはある種の「よそ行き」であり、野菜や鮮魚を買いに行くのは日常の行為であったからです。そのころは、映画に行くこと、すしを食べに行くこと、本を買いに行くこと、知人を尋ねることなど、一つ一つの生活行動が今日より相対的に独立していました。

最近では、いろいろな生活行動が組み合わされて、一つの生活行動を形成するようになっています。その背景には、余暇時間の増加、公共交通手段の発達、道路網の整備とモータリゼーションの進展、個人生活の豊かさの増大、スーパーやショッピングセンターの出現とデパートほか大型商店の業態の変容などのいろいろな要因があります。

このような傾向の中で、すし店のあるべき姿も当然変化するはずです。サラリーマンの昼食を主な対象として営業してきたすし店や、家庭への出前の比重の大きいすし店、あるいは夜の酒客中心のすし店が、これまでのあり方そのままで、複合的な生活・消費行動を示す最近の消費者にも受け入れられるものかどうか大変疑問です。また、これまでの業態を続けるにしても、対象とする層の人々の行動様式も変化して行くのですから、すし店の経営は常に変化に対応する姿勢を持たなければなりません。一部の例外は別として、大方のすし店には、変化に抵抗を示す傾向があるようですが、これはすし業の将来にとって大変深刻な問題です。

8.消費者の衛生感覚の変化

豊かな社会の中では、消費者が飲食店に求める衛生にも変化が生じています。行政や飲食店にとっての衛生はいうなれば物理的衛生です。食材や調理器具等、飲食物やそれを入れる容器に、病原菌や毒物が許容量以上付着していないことが問題なのです。そのために必要な取扱規準が守られ、検査の結果病原菌や毒物が検出されなければ、それが衛生です。

これに対して、消費者の衛生感には、見掛け上の衛生も含まれます。実際は衛生上安全でも、感覚的に不安を感じれば、消費者にとっては不衛生です。物理的衛生は見ただけでは判りませんから、消費者にとっての衛生は、もっぱら店内や厨房の清掃状況、汚れや不快な匂いの有無、調理器具や食材の扱いあるいはサービス手順の適不適、従業者の身体や衣服の清潔感など感覚的な判断によります。消費者は、感覚的衛生がよければ、多分、物理的衛生もよいであろうと、楽観的に推測しているのです。

食中毒など衛生上の事故は、皆無とはいえませんが、その数はそれほど大きくはありません。言い換えれば、すし店を始め飲食店一般の物理的衛生水準はかなりよいということです。しかしこのことは、消費者にとっての感覚的衛生水準がよいということにはなりません。消費者がすし店の衛生をどう感じているかについて、直接に参考となる適当な調査資料はありませんが、各種の消費者アンケート調査の結果から推測すると、消費者がすし業を含む飲食店全般の衛生については、必ずしも満足していないように思われます。

最近、世上を騒がせたO−157事件は、飲食店業界に多大の影響を及ぼしました。とくに、生ものを出すすし店や和風料理店の営業に影響が大きかったといわれています。これがそのまま、消費者のすし店の衛生についての不信感を意味するわけではありません。しかしこれを機会に、すし店が消費者に与えている感覚的衛生感の実態について検討を加えることは重要なことです。清掃、清潔、整理、整頓、身嗜み、衛生的な作業手順、衛生設備の充実などを徹底し、平素から消費者に対して高い水準の感覚的衛生感を確保しておくことは、中毒事件などに際しての消費者の過剰な反応を避ける上で有効であるばかりでなく、営業促進にも役立ちます。

9.水産資源の動向とすし店の経営

漁業や市場関係の専門家の予想では、わが国における魚介類の将来における供給は、まず問題がないということです。しかし、水産資源が世界的に減少傾向にあることは事実で、主要食材として魚介類を用いるすし業にとって、ここれは極めて重要な関心事です。

そこで、水産資源の保護・回復や栽培・養殖漁業の進展が期待されますが、われわれが直接に、水産資源の保護や育成に携わることはできません。しかし、国や国際機関のこの方面での努力に期待し、水産資源問題について理解を示し、正確な知識を習得したりそれを消費者に紹介するなど、間接的な貢献をすることはできます。

また、業界の課題としては、これからの魚介類の供給構造に合わせたすし業としての需要構造を形成する問題があります。現在のすし店の魚介類ほか食材の仕入れは、顧客の好みで決まります。要するに売れるものを仕込むということです。基本的にはそれでよいのですが、マグロの場合のように、供給量の少ないものに顧客の嗜好が集中すると、価格が高騰し、顧客に負担をかけ、自分の営業をやり憎くすることになります。現在、消費者にとって外食のすしは、どちらかというと高価格イメージで受けとめられています、その原因のかなりの部分は、マグロ、アワビ、

ウニ、イクラ、あるいはタイ、シマアジ、カンパチなどの高級魚など、供給の絶対量が少なく、高価格な食材がすし種のかなり大きな部分を占めていることにあります。

外食のすしが、消費者の食生活の中で十分で安定した地位を確保し、それを維持、発展させてていくためには、消費者の支払う価格と、すしが消費者に与える満足感のあいだに、良好なバランスがとれていなければなりません。そのためには、現在・将来とも供給(そして価格)が安定している食材に、消費者がより大きな満足感を得ることができるようにすることが必要です。すしの現在のあり方をそのまま続けると、どうしても、よりいっそうの高価格化が避けられず、すし業の衰退を招く恐れがあります。

そのような事態を避けるための具体的な方策は、原則として個々のすし店の工夫と努力に任せることになりますが、基本的には以下の3つのパターンが考えられます。

(1)従来の食材で、今後の供給が安定しているものを選び、その加工や 顧客への提供の仕方の工夫や改良により、人気商品化を図る方法。

(2)昔のすし種で、現在では用いられなくなったもののうち、安定供給が期待でき、価格的にも適切なものを復活させる方法。

(3)供給安定の条件にあった新しいすし種を開発してすし種のラインナップに加える方法。

とくに江戸前のすしは、新鮮で良質な素材の持ち味を活かすことを身上とすることから、これまですし種はあまり手を加えずに用いられてきました。しかし中には、煮る、炊く、蒸す、マリネにする、揚げるなど調理法の工夫で、これまで知られていない付加価値を生む可能性を秘めたすし種があるはずです。現在でもすでに、そのような工夫や努力を重ねて、成果を挙げているお店が一部にありますが、その技法やアイデアは個店のノーハウやオリジナリティにとどまっていて、すし業の共通の資産にはなっていないのが実情です。また、すし種の切り方、添え物や薬味の工夫などでも新しい味や、斬新な感覚を生み出すことで、従来のすし種に、新しい価値を与えることができるはずです。これらの努力を、すし業界が一丸となって積み上げることで、在来のすし種の間から幾つかの新しい、高級感があり付加価値性の高いすし種を開発できれば、現在問題になっている一部のすし種への根強い、偏った需要を、分散させることができるかもしれません。

むかし使われていたすし種で、近ごろは見掛けないものがあります。それらを復活させることも、マグロやウニなどに対する過大な負担を和らげることに役立つかもしれません。さらには、最近の形にはまりすぎた、すしのイメージを広げる効果もあるはずです。

米国に移出されたわが国のすし文化は、かの地に定着し、カリフォルニア巻やアラスカ巻、あるいはアヴォガドの握りなどの新しいすしの形を生み出しました。これが逆輸入されて、一部のすし店では商品のラインナップに採用されています。また、最近のあるテレビ番組は、香港の、地元の人が経営する日本料理店を取材していましたが、その中で奇想天外な様々のすしメニューが紹介されていました。その大半は、とてもいただけそうもない、突飛なものでしたが、幾つかは美味しそうに見えました。新しいすしメニューの試みは、本当は、本場のわが国でこそ一番多く為されなければいけないはずです。本場で新しい試みがなされないということは、その本場が老朽化し、活性を失ったことを意味します。そのことを、われわれ本場の業界は真剣に反省する必要があります。そして、新しいメニューを次々に開発することによって、すしの世界は多様化し、それによりマグロなど一部のすし種への嗜好の集中を分散させることで高価格化を抑え、消費者に貢献し、また、すし業自身の将来を守ることができるのです。

10.国際化への対応

近年、世界における日本食の普及は目覚ましいものがあります。中でもすし業は、積極的に海外進出し、早くから米国を中心に事業展開をしてきました。この点では、すし業は他の飲食店業種に一歩先んじているといえるでしょう。

しかし海外での展開だけが国際化ではありません。魚介類などすし種の原産地も国際化していますし、外国籍の従業員も増えています。その他、外国人のお客さんに対応することとか、国境を超えたグルメの世界に、絶えず新しい味覚を提案していくことも重要な国際化の課題です。また、自動車の本場の米国に日本の自動車メーカーが進出しているように、外国資本のすし店がわが国の市場に進出してくるような事態も起こるかもしれません。さらには、フランス料理、中国料理、イタリア料理、その他のエスニック料理などにすし風のメニューが出現して、消費者のすしに対する需要をそちらに逸らせるようなこともありえます。これも形を変えた国際化といえます。こうした、国際化のあらゆる局面に対して意識を持ち、わが国のすし業の主体性と発展を確保していくのがわれわれの課題です。


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