『21世紀に向けてのすし業ビジョン』
全国すし商環境衛生同業組合連合会
21世紀に向けてのすし業ビジョン策定委員会
(文責:策定委員会委員長 上智大学教授 坂本康實)
【1章】 【2章 1〜5】 【2章 6〜10】 【3章】 【4章】

第3章 すし業の体質と課題
われわれすし業が当面している問題は、経済や社会など外的な環境要因の変化に対応することだけではありません。われわれすし業自身の体質や慣習など内的な要因の中にも、個々の営業の成果を阻み、すし業の発展を妨げるものが潜んでいます。それらの要因をどう改善するかということは、すし業の未来にとって大変重要な課題であり、それはビジョンにとっても主要な内容の一つです。
1.生業的体質

小規模で、事業と家計がはっきりと区別されていないような事業体が生業と呼ばれます。家計と、それを経済的に維持するための事業行為が結び付いた生業には、家計の維持以上の欲求は低く、企業のような成長志向はあまり見られません。すし店の大半は、店主を含んだ従業者数が3人以下の小規模店で、事業会計は税務の都合でまとめられていますが、その全体的なあり方はどちらかというと生業的です。

すし店の経営が深刻な状況にあることは、第1章に述べたとおりです。そのようなすし店が現況から脱するためには、どうしても生業から企業へという、店主の意識改革が必要になります。また平行して、経営も企業的あり方を目指して改善していく必要があります。具体的にいえば、事業と家計を切り離し、目標を設定し、それを計画的に実技していくことが課題です。

2.職人気質

ほとんどのすし店の店主は、事業主であると同時に現場をを支える中心的働き手です。彼等はみな修業と経験を積んだすぐれた職人で、多かれ少なかれ職人気質を持っています。職人気質はそれ自体評価すべきものですが、問題は、職人気質と経営者的発想はしばしば両立しないということにあります。

たとえば、職人気質は自分の価値観に忠実で、顧客の要望を受け入れようとしない傾向があります。ある老舗の職人気質の強い店主は、味に注文を付けた客に「文句があるならくるな」とうそぶいたそうです。そのような姿勢が通用する営業もあり得るとは思いますが、一般のお店としてはどうでしょうか。店主の職人気質のこだわりが、評価を得ている場合もありますが、逆に顧客の足を遠ざけている場合も少なくありません。

職人気質が経済性と両立しないこともよくあります。すし店の営業はすし種の良し悪しだけではなく、すし職人の腕、店内の雰囲気、サービスのあり方、土地柄、施設・設備・食器類の質と趣味、インテリアの質など、営業の清潔・衛生感など、沢山の要因のバランスで決まります。店主の職人気質がすしだけにこだわっても、料金や売上、あるいは客数など店としての成果につながるとは限りません。店主は、職人である前に経営者でなければならないということです。

古い世代の店主に見られる職人気質は修業とか経験を重んじる反面、研究や学習などには、あまり重きを置かない傾向があります。そのため、自ら時代の変化を学んだり、組合その他から提供される情報を消化して、自分の営業の改良に役立てることは不得手です。この点の改善をシニアの世代に求めるのは難しいかもしれません。しかしすし業界も、徐々に、高等教育を受けた知性派の、新しい世代に移行しつつありますので、本ビジョンに基づく行動計画の実践や、今後の業界の展開には大いに期待できます。

3.伝統についての考え方

すしは、伝統的なわが国の代表的食文化の一つとして、自他共に許す存在です。伝統があるということは、すし業界や個々のすし店にとって非常に幸福なことです。ところが、伝統の意味を正しく理解しないと、伝統が業種の革新を阻害し、発展を妨げる場合があります。

すし業の場合、その営業にはいろいろの慣習やしきたりがありますが、それらは一括して「伝統」という言葉で表現されています。伝統という言葉には、黄門様の「葵の御紋」のような力がありますので、これに盾突くものは一律に否定されてしまいます。これまで、すし業の内外からそのあり方について、いろいろな提言がありましたが、われわれすし業がそれを受けて、十分な自己変革を遂げたとは思えません。その際、阻害要因となったのは、どうも「伝統」という意識であったようです。

本来、慣習やしきたりを守り、古いあり方を採り続けることを伝統とは呼びません。すし業にとって伝統の中身は、時代や環境の変化を超えて、すしの本質を守り続けたことです。慣習やしきたり、あるいは見掛上の姿などは手段であって、本質ではありません。必要もないのに慣習やしきたりを変えるのは無意味な行為です。しかし、本質を生き残らせるために必要なら、慣習、しきたりなど手段は、どんどんその形を変えるべきです。慣習やしきたりを再検討したり、新製品を開発することを一律に、伝統に反する行為として決め付けるのは誤りです。これまでわれわれが、伝統としていたものの大半は、古典とか郷愁の類いであったことを知る必要があります。今日のすし業にとって伝統とは、活力あるすし業を次の世代につたえることであって、古いあり方にこだわり続けることではないはずです。

4.組織の衰退

すし業の組織は、43の都道府県に設立されている環境衛生同業組合と、中央の上部機構としての全国すし商環境衛生同業組合連合会とで形成され、組合員総数は約2万を数えます。残念ながら、一般の組合員の組織に対する認識は低く、組合の実情は親睦団体の域を脱しておらず、協働して業種としての共通の課題を解決する場にはなっていません。

一般に組合員には、組織活動が自分達の権利であるという認識が不足しています。組合というと、組合費の支出、調査など事業への協力、保健所等からの通達、会合への出席など、負担とか義務を感じさせるものがまず頭に浮かぶからです。現実の組合は、激変する経営環境に対応していかねばならない組合員に、学習の機会を与え、必要な情報を提供し、仲間と問題意識をぶつけ合ったり意見交換をする場を用意し、国や地方自治体の施策が用意している各種制度の利用を助けるなどの多くのメリットを提供しています。これらの機能は、一部の大手企業を除いて、一般のすし店が自分で用意できるものではありません。 ‘

本ビジョンの重要な目的の一つは、組合員に組織の意味と役割をより深く認識してもらうことにあります。加えて積極的に組合活動に参加することで営業の促進へのきっかけを掴んでもらい、合わせてすし業の振興を実現することが狙いです。この問題は、観念的な問題意識の提唱を超えて、なるべく多数の組合員を巻き込んで、本ビジョンの実現を図る行動計画(アクション・プログラム)を具体的に策定し、それを実行することから始まると考えられます。


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